東京工業大学は、理工系の学生が芸術からインスピレーションを得て自分の創造的な表現を見つけるため、毎年2回、「アーティストとアートを体験するセミナー」を開いています。2020年前期は6月10、17日の2日間のプログラムで、入学したばかりの学士課程1年の5名を含む11名の受講生が参加しました。新型コロナウイルス感染予防のため、講義と絵を描く実習はオンラインのテレビ会議システムを使い、初めての体験となりました。ネットの特性を活かしながらも試行錯誤を重ねたオンラインによるアート体験セミナーの様子を紹介します。
アートセミナーは、東工大学生支援センター修学支援部門が担当し、東工大の元非常勤講師で画家・詩人のツーゼ・マイヤー(Zuse Meyer)氏が講師として教えます。マイヤー氏はベルリン国立芸術大学出身で、現在はベルリンや東京で創作を行い、独創的なアートワークショップ、アートスクールを主催しています。 例年、受講生は、講師からテーマに沿った講義(英語・日本語の両方を使用)を受けます。その後、鉛筆のデッサン、クレヨンの描画やペーパークラフトなど、各自がアート作品の制作に取り組みます。最後に、講師による講評と受講生相互の講評という流れで進みます。
「実体験を通じて感じとる」オンラインで実現するには
このセミナーは、アートの技術を学んだり、出来栄えを競うことが目的ではなく、個人が持つ潜在的な創造性を発揮することと、それぞれの創造性の豊かさに気付くことが大きな目的です。そのために、あえて利き手を封印して反対の手でデッサンをしたり、一筆で描いたりと意識の制御を弱める手法が取られ、楽しんで自由に描くよう講師から背中を押されます。このように、実際に絵を描く実習や作品の講評という「実体験を通じて学ぶ・感じ取る」ことが重要な要素になります。
そのような本質をできる限り失わずにオンラインで実現するにはどうすればいいのか。それが、開催の最大のポイントになりました。 まず、今回のテーマは「静物画」としました。静物画なら、受講生が各自の自宅や下宿で何らかの静物を並べて、絵を描くことが可能になります。さらに、感染予防の観点から、受講生が画材を購入するために外出しなくてすむよう、受講生募集のポスターには、「必要なものは特にありません。鉛筆、クレヨン、紙(B4)などあればご用意ください」と書き加えました。
開催方法はテレビ会議システムのZoomを使い、マイヤー氏と受講生それぞれが自宅からZoomに接続、ホストである修学支援部門は大学からZoomに接続しました。
1日目 利き手でない手で、身近な静物を描く
1日目の6月10日のセミナーは、静物画について歴史的観点を踏まえたマイヤー氏の講義で始まりました。講義の中では、ゴッホ、セザンヌ、ピカソを含む数多くの静物画の画像が画面共有機能を使って、受講生に紹介されました。
その後、受講生が自宅や下宿先で準備した静物を、順次、PCやスマホのカメラで写して画面共有し、講師から静物の数や配置方法についてアドバイスを受けました。講師から、各自並べた静物を鉛筆で一筆描きするよう説明があり、約20分間、学生は各自の場所で静物の一筆描きに集中しました。講評は、受講生一人ひとりが自分のPCのカメラ越しに作品を見せるという形式を採りました。
最後に、クレヨンを使って利き手でない手で静物画を描く実習を行いました。この作品の講評は、後日、受講生それぞれに個別メールで送る形式を採りました。
1日目の実習では、受講生の自宅から、静物や作品をカメラで撮影しながら共有することが難しい点が課題になりました。カメラが動かせない環境が多く、うまくカメラで写すことができる場合も照明の加減で見えにくいなどの問題がありました。
2日目 作品集を仕上げる
2日目の6月17日のセミナーは、この課題を解決するために、受講生が作品をスマホのカメラで撮影してホストにメール添付の画像ファイルとして送付、ホストが画像ファイルを順次、Zoomで画面共有しました。それに対してマイヤー氏が口頭でコメントを加える方法で、1日目よりもスムーズに講評ができました。
例年の対面式セミナーでは、セミナーの最後に全員で講評しあうセッションがありました。オンラインセミナーではその代わりに、全員の作品を一覧にした作品集を修学支援部門が作り、マイヤー氏から受講生全員への英語のコメントを加えて、後日メールで配布しました。
マイヤー氏「芸術の基本はあなたの『こころ』です」
マイヤー氏から受講生に送られたコメントには次の言葉がありました。
「芸術家とは、技術を賢明に用いることができる、高度に訓練された才能ある専門家だ、と思われています。これは大いなる誤解です。いくら賢明であっても、いくら技術を備えても、美を生み出すことはできません。芸術の質とは、何よりもまず、一人ひとりが持つ本当の感情に基づくのです。最も基本となる材料はあなたの『こころ』です」
受講生のコメント「新鮮で楽しい経験に」
受講生のアンケートには、以下のコメントが寄せられました。
- 左手で絵を描いたことがなかったので新鮮な体験ができました。
- 左手で描いた方が、自由にクレヨンを動かすことができた。また左手で描いてみたい。英語で授業を受ける経験にもなったので良かった。
- とても楽しく、学びが多かった。
- 課題に追われていないこともあり、かなり楽しめました。
- とても楽しかったです! 通信機器の不調は残念でしたが、秋に開催されるセミナーにもぜひまた参加したいです!
- 静物画の意義を歴史的観点から知れて面白かったです。また、一筆描きや左手で描いたり、普段使わない画材を使ったりするのが新鮮で楽しかったです。ほぼ人物画しか描いてこなかったのですが、これから静物画も時々描いてみようかなと思いました。
「まずはやってみる」オンライン授業の改善につなげる
このような実習や作品の評価を伴うワークショップをオンラインで開いても、対面授業と同じ効果を生むことは難しいだろうと、修学支援部門では当初から想定していました。実施してみてうまくいかないところも多々ありましたが、「まずはやってみる」ことで課題を明らかにし、少しずつ良い方法を考えて改善につなげていきます。こうした繰り返しを重ねていけば、ワークショップの本質がオンラインでも少しずつ実現できると実感しました。
次回11月のセミナーは対面で開催できることを願っています。
"アーティスト" - Google ニュース
July 28, 2020 at 07:38AM
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アーティストとアートを体験するセミナー 初めてオンラインで開催 利き手でない手で静物画を描いてみたら - 東京工業大学
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