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Monday, March 7, 2022

黒人女性アーティストの代表的存在フェイス・リンゴールド。ニューヨークで開催中の回顧展をレビュー(評:國上直子) - 東京アートビート

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1930年にニューヨークで生まれた作家の回顧展「フェイス・リンゴールド:アメリカン・ピープル」がニューヨークのニュー・ミュージアムで開催中。黒人女性としてのアイデンティティと、そこから見えるアメリカの風景とは

黒人女性という集団が経験する社会的抑圧

アメリカで黒人女性アーティストの代表的存在として知られるフェイス・リンゴールドの回顧展が、ニューヨークのニュー・ミュージアムで開催されている。「フェイス・リンゴールド:アメリカン・ピープル」と題された本展は、リンゴールドの半世紀以上にわたる活動を振り返る内容となっている。

「フェイス・リンゴールド:アメリカン・ピープル」会場風景より Photo: Dario Lasagni

リンゴールドは、1930年にニューヨークのハーレムで生まれた。20年代に始まった文化運動「ハーレム・ルネサンス」の影響が色濃く残るハーレムには、アーティスト、ミュージシャン、作家、思想家などが大勢住んでおり、クリエイティブであることが当たり前の環境があった。幼少期、喘息持ちだったリンゴールドは、家で絵を描いて多くの時間を過ごすうちに、自然と創作の道を志すようになる。大学で美術を学んだ後リンゴールドは、ハーレムの公立学校でおよそ20年にわたって子供たちに美術を教えた。人生の大半を過ごしたハーレムは、リンゴールドのアイデンティティに深く根ざしている。

フェイス・リンゴールド 「アメリカン・ピープル・シリーズ」#1:Between Friends 1963 キャンバスに油彩 101.6×61cm Collection Neuberger Museum of Art, Purchase College, State University of New York; Museum purchase with funds from the Roy R. Neuberger Endowment Fund and Friends of the Neuberger Museum of Art. © Faith Ringgold / ARS, NY and DACS, London, Courtesy of ACA Galleries, New York 2022

初期のシリーズ「アメリカン・ピープル」は、1960年代、市民権運動やフェミニズムの動きが高まるなかで生まれた作品群で、リンゴールドの問題意識の変遷を見ることができる。シリーズ前半には、リンゴールドが実際に経験した差別や疎外を描いた自伝的な作品が並ぶ。やがて「黒人としての問題」と「女性としての問題」を分けて考えていては、根本的な解決にならないという気づきがリンゴールドに訪れる。その思いが集約されているのが、シリーズ後期の大型作品《The Flag Is Bleeding》(1967)だ。血がしたたるアメリカ国旗の後ろに、腕を組んだ白人の男女と黒人男性が描かれている。自由平等を求める当時の社会運動のナラティブに、黒人女性が欠けていることが表現されている。後にリンゴールド作品の枠組みとなっていく「黒人女性という集団が経験する社会的抑圧」というテーマの萌芽をここに見ることができる。

フェイス・リンゴールド 「アメリカン・ピープル・シリーズ」#18:The Flag Is Bleeding 1967 キャンバスに油彩 182.9×243.8cm National Gallery of Art, Washington, Patrons’ Permanent Fund and Gift of Glenstone Foundation (2021.28.1). © Faith Ringgold / ARS, NY and DACS, London, courtesy ACA Galleries, New York 2022
フェイス・リンゴールド 「アメリカン・ピープル・シリーズ」#20:Die 1967  キャンバスに油彩 182.9×365.8cm The Museum of Modern Art, New York, Purchase; and gift of The Modern Women's Fund, Ronnie F. Heyman, Glenn and Eva Dubin, Lonti Ebers, Michael S. Ovitz, Daniel and Brett Sundheim, and Gary and Karen Winnick. © Faith Ringgold / ARS, NY and DACS, London, Courtesy of ACA Galleries, New York 2022. Digital Image © The Museum of Modern Art/Licensed by SCALA / Art Resource, NY

「キャンバスに油絵」からの解放

1972年の夏、ヨーロッパ旅行中に立ち寄ったアムステルダム国立美術館で、「タンカ」と呼ばれるチベット仏教の掛け軸を目にしたことで、リンゴールドに転機が訪れる。仏の絵の周りを美しい布地が額のように囲むそのフォーマットに、リンゴールドは魅了された。それが「非西洋」発祥の表現だったのに加え、作品の携帯性も目を引いた。男性に頼らず作品を運搬できるというのは重要な要素で、女性アーティストとしての自立性を確保するものだった。そしてリンゴールドはタンカのフォーマットを作品に取り入れることを決める。これは「キャンバスに油絵」という、白人男性アーティストたちが築き上げた西洋美術のスタンダードからの解放をも意味した。

旅行から戻るとすぐにリンゴールドは、服飾デザイナーだった母親のウィリー・ポージーに協力を請い、タンカに着想を得た「Slave Rape」(1972)シリーズに着手する。リンゴールドとリンゴールドの2人の娘が、奴隷としてアメリカにたどり着いた女性として描かれている作品だ。

フェイス・リンゴールド 「Slave Rape」#3:Fight to Save Your Life 1972 布とキャンバスに油彩 233.7×129.2 cm Glenstone Museum, Potomac, Maryland. © Faith Ringgold / ARS, NY and DACS, London, courtesy ACA Galleries, New York 2022. Photo: Tom Powel Imaging; courtesy Pippy Houldsworth Gallery, London

アフリカ系アメリカ人たちは、奴隷としてアメリカに渡ってきた先祖たちが経験した抑圧、暴力、差別、トラウマ、そして現在まで続く苦難を、口承で受け継ぎ、集合体の記憶として共有してきた。曾祖母が奴隷であったリンゴールドも、例外ではなく、黒人の苦しみについて小さい頃から聞かされていた。それらの話はとても聞くに耐えないものだったが、リンゴールドの母は、自分の運命を自分で決める強さを持った女性になることを厳しく教え込んだ。

本作は、母から娘へ綿々と語り継がれてきた「黒人女性としてアメリカで生きていく苦難」の物語を具現化する、リンゴールドの最初の試みのひとつである。女系の家族によって伝えられてきた話を取り上げるうえで、リンゴールドの母と娘が、制作や作中に加わるようになったのは必然だったように見える。

その後リンゴールドは、手工芸に利用される「フェミニン」な素材に着目し、とくにテキスタイルを積極的に用いるようになる。そのなかでたどり着いたのがキルトだった。キルトの起源はアフリカに遡る。奴隷制時代、アメリカ南部の黒人女性たちが寄り集まりキルトを作ったことで、独自のキルト文化が派生し、その伝統はリンゴールドの家系でも受け継がれてきたものだった。キルトには、リンゴールドの主題に相応しい媒体としての条件が複数揃っていたといえる。ハーレムの隣人たち30人が描かれた布がつなぎ合われた「Echoes of Harlem」(1980)は、リンゴールドが絵とキルトを組み合わせた最初の作品となった。

「フェイス・リンゴールド:アメリカン・ピープル」会場風景より、左が《Echoes of Harlem》(1980) Photo: Dario Lasagni
「フェイス・リンゴールド:アメリカン・ピープル」会場風景より Photo: Dario Lasagni

母親が亡くなった1983年、リンゴールドは、絵と装飾用のテキスタイルと手書きの物語を組み合わせた「ストーリー・キルト」という形態を生み出す。華やかに彩られたそれらの「ストーリー・キルト」には、リンゴールドやリンゴールドの家族、知人、隣人の分身と思しき人物たちが描かれ、周囲には手書きで綴られた彼らの物語が縫い合わされている。

登場人物たちの個人的な体験や日々の出来事が語られるなか、アメリカで黒人女性として生きること、奴隷の歴史、制度的人種差別、白人優位の美術界なども言及される。喜怒哀楽や、人生と社会の光と闇が錯綜する「ストーリー・キルト」には、独特の重層性が宿る。そして強い印象を残すのは、根底に流れる、ある種の軽やかさと明るさだ。登場人物たちは、粘り強く希望を失わない人々として描かれる。そこには、自己嫌悪、自己憐憫、被害者意識に陥ることを許さない、リンゴールド個人の信条が反映されている。

フェイス・リンゴールド 「Woman on a Bridge」#1 of 5:Tar Beach 1988 キャンバス、プリントされた布、インク、糸にアクリル絵具 189.5×174cm Solomon R. Guggenheim Museum, New York; Gift Mr. and Mrs. Gus and Judith Leiber, 88.3620. © Faith Ringgold / ARS, NY and DACS, London, Courtesy of ACA Galleries, New York 2022

《Tar Beach》(1988)は、ハーレムに住む8歳の黒人少女キャシーが、アパートの屋上で様々な夢を思い描く物語。本作はのちに絵本化され、ベストセラーになり、複数の文学賞を受賞している。物語では、父親が労働組合から排除されていることや、母親が生活の困窮から眠れない日々を過ごす様子が語られるなかで、キャシーは「願いさえすれば、どこへでも行けるし、何でも手に入る」と軽やかにニューヨークの夜空を飛び回りながら、家族が幸せに過ごす日々を夢見る。

「フェイス・リンゴールド:アメリカン・ピープル」会場風景より Photo: Dario Lasagni

リンゴールドの「ストーリー・キルト」を見ていると、絵に出てくる人物の物語に「聞き入って」いる感覚を覚える。それは、絵画、彫刻、写真などの作品を見るときとは、異なる鑑賞体験だ。それらのメディウムでは伝えにくい機微をとらえる「ストーリー・キルト」は、リンゴールドの主題を伝えるうえでの、戦略的な選択だった。

リンゴールドは、長年にわたり、アーティスト、教師、作家、活動家として精力的に活動してきた。アーティストとしては、絶えず新しい媒体や表現に取り組み、革新を追い求めてきた。しかし今回のような規模でリンゴールドの人物と制作の幅広さに迫るのは、ニューヨークにおいては、本展が初の試みになるという。本展は遅すぎる回顧展であり、リンゴールドが注目を集めるのに要した時間そのものが、美術界の構造的な問題を表していると見ることもできる。しかしリンゴールドであれば、後続の黒人女性アーティストへの扉を開く分岐点としての、本展のポジティブな役割のほうに目を向けるのではないかと感じた。

幼馴染みのソニー・ロリンズが描かれた作品。 フェイス・リンゴールド Sonny’s Bridge 1986 キャンバスとプリントされた布切れにアクリル絵具 214.6 ×152.4 cm High Museum of Art; Gift of Mr. and Mrs. Ronald D. Balser. © Faith Ringgold / ARS, NY and DACS, London, Courtesy of ACA Galleries, New York 2022
フェイス・リンゴールド 「The French Collection Part I」#7:Picasso’s Studio:  1991 キャンバス、プリント・絞り染めの布切れにアクリル絵具、インク 185.4×172.7cm Worcester Art Museum; Charlotte E. W. Buffington Fund. © Faith Ringgold / ARS, NY and DACS, London, Courtesy of ACA Galleries, New York 2022
フェイス・リンゴールド 「The French Collection Part I」#1:Dancing at the Louvre 1991 キルトにアクリル絵具 186.7×204.5cm The Gund Gallery at Kenyon College, Gambier, Ohio, Gift of David Horvitz ’74 and Francie Bishop Good, 2017.5.6. © Faith Ringgold / ARS, NY and DACS, London, Courtesy of ACA Galleries, New York 2022
「フェイス・リンゴールド:アメリカン・ピープル」会場風景より Photo: Dario Lasagni
「フェイス・リンゴールド:アメリカン・ピープル」会場風景より Photo: Dario Lasagni
「フェイス・リンゴールド:アメリカン・ピープル」会場風景より Photo: Dario Lasagni

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