特別展「法然と極楽浄土」が東京国立博物館 平成館(上野公園)で6月9日(日)まで開催されています。東京会場の広報サポーターを務めるのは、西村宏堂さんです。
西村さんはアメリカでメイクアップアーティストとして活動した後、日本で修行し、2015年に浄土宗の僧侶となりました。現在は僧侶、メイクアップアーティスト、そしてLGBTQでもある独自の視点で、「性別も人種も関係なく皆平等」というメッセージを発信しています。僧侶としてお経を称えながら、メイクをしてファッションにこだわる西村さんは「ハイヒールをはいたお坊さん」という愛称でも親しまれています。
「浄土宗の教えが、自分に自信を持つきっかけとなった」という西村さん。浄土宗の教えの魅力や本展の見どころを聞きました。
「みんなが平等に救われる」 教えの真髄
――浄土宗の僧侶となったきっかけは。
私は、浄土宗のお寺に生まれました。両親に「寺を継ぎなさい」と言われたことはありませんが、周囲から「お寺に生まれたから僧侶になる」と決めつけられたことが嫌でした。だから、もともとは僧侶になるつもりはなくて、アメリカのパーソンズ美術大学でファインアートを学び、メイクアップアーティストとして働いていました。
考えが変わったきっかけは、ピアニストで僧籍を持つ母から「何かを批判するなら、ちゃんと理解したうえでしなさい」と言われたことでした。避け続けてきた仏教に向き合う覚悟を決め、24歳のときに僧侶の修行に入りました。東京の増上寺と京都の金戒光明寺で、一回あたり2週間程度の修行を5回行い、様々な先生から浄土宗の教えや作法を学びました。
――浄土宗の教えをどのように受け止めていますか。
浄土宗は、仏教が特権階級のみを対象にしていた平安時代末期に、法然上人によって開かれました。立派なお寺を建てるほどのお金や地位がないと救われないと考えられていた時代に、「みんなが平等に救われる」と説いたところにポイントがあります。
法然上人の歌で、浄土宗の宗歌である「月かげ」を紹介しましょう。
月かげのいたらぬさとはなけれども ながむる人の心にぞすむ
阿弥陀様の慈悲の心を月の光に例えた歌です。「月影が届かない里がないように、阿弥陀様の慈悲の心はみんなを平等に照らしています」「月を見上げる人には、その光はいっそう澄みわたります」というメッセージが込められています。
実は、修行に入るまでの私は、同性愛者としての後ろめたさや罪悪感を抱えて生きてきました。「どんな人も平等に救われる」という浄土宗の教えを学んだことが、自分に自信を持つきっかけとなったのです。
――どの時代でも、悩みながら生きる人々に通じる教えですね。
浄土宗の教えは、「南無阿弥陀仏」と称えることが難しい人にも配慮して伝えられてきました。
たとえば、展示にあった「八天像」は、回転式の書架である「輪蔵」の下部に配置されている像です。輪蔵の内部には経典が入っていて、一回転させれば、お経を称えるのと同じ功徳があるとされています。つまり、目が見えない人や経典が読めない人も救われるのです。また、話すことができない人は、背中に南無阿弥陀仏と書いても良い、と伝えられてきました。
「たくさん南無阿弥陀仏と称えた人が偉い」「一回でも南無阿弥陀仏と称えればいい」というわけではなく、阿弥陀様を信じてお経を称えること、称えたいと思うことそのものが大切だというところに、浄土宗の教えの真髄があると考えています。
生で見るからこそ味わえる臨場感
――展覧会を見て、いかがでしたか。
修行の際に、教科書で様々な宝物や作品を目にしましたが、展示室で実物を見ることで、作り手の心と触れ合えた気がしました。作り手が伝えたかったこと、残してきたものが胸に迫るような、臨場感を味わえます。好きな歌手の曲をCDで聞くのか、リアルで聞くのかと同じくらいの違いを感じますね。
実際に見ることで、新たな発見もありました。特に印象に残っているのが、鎌倉時代に作られた重要文化財「阿弥陀如来立像」(京都・上徳寺蔵 ※東京会場での展示は終了)です。裏を朱色に塗った水晶が唇にはめ込まれています。まるでリップグロスのようでした。このキラキラとした輝きは、生で見るからこそわかるものです。
――浄土宗や仏教になじみのない方に、おすすめの鑑賞ポイントは。
まずは、自分がときめくところから楽しんでいただければと思います。たとえば私は、幼少の頃からおしゃれや洋服が大好きなので、「五百羅漢図」の羅漢のファッションに注目しました。羅漢一人一人が、同じような衣を着ているように見えますが、実は色やデザインがすべて違うのです! 腕輪やピアスもしています。「こんな着こなしをするんだ!」と見ていて楽しかったです。
一方で、「なぜその作品が展示されているか」を知ることも大切だと思います。会場のパネルや音声ガイドも活用して、浄土宗がうまれた背景や歴史を学びながら作品を見ると、より楽しめるのではないでしょうか。
慣習や伝統を問い直すきっかけに
――LGBTQ活動家として、国内外で精力的に活動しています。その原動力はどこにあるのでしょう。
ボストンに住んでいた頃、自分と同じ立場で悩んでいる同世代の子がたくさんいることを知りました。中には、「カミングアウトしたけれど宗教上の理由でダメだと言われた」という子もいました。その表情を見ると、宗教が人の幸せや平穏を砕いているような感じがして、すごく辛い気持ちになりました。他の宗教を否定することはできませんが、辛い思いを抱えている人に浄土宗の教えを紹介することは、僧侶としての責任であり、使命でもあると考えています。
また日本でも、「昔からこうだったから」という理由で、LGBTQが受け入れられなかったり、性別で差別されたりすることがあります。ですが歴史をさかのぼれば、850年も前に「みんなが平等に尊重されるべきだ」と法然上人が説いているのです。慣習や伝統が本当に正しいのか、問い直すきっかけを生み出せたらと考えています。
時代を経て、お寺や僧侶の役割も変わりつつあります。私は、浄土宗の教えや作法を単に守り伝えていくのではなく、教えの中でも特に大事だと思うことを紹介していきたいです。
――西村さんが伝えていきたい、「教えの中で特に大事なこと」とは。
「みんなが平等である」ということはもちろん、「みんながそれぞれの色で輝いていい」と伝えていきたいです。阿弥陀経のなかに、「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」という言葉があります。極楽には青、黄、赤、白、いろんな色の蓮の花が咲いていて、それぞれの色で輝いているという意味です。
今の時代、たとえばお金持ちの人、SNSのフォロワーが多い人に価値があるように見えるかもしれません。周囲が考える幸せのあり方、家族の形などをプレッシャーに感じて、苦しんでいる人もいるでしょう。そんな時代だからこそ私は浄土宗の教えを伝えていきたいです。「自分自身に価値があること」を思い起こし、自分の決断に自信をもって生きていけるよう、背中を押せたらうれしいです。
(聞き手 美術展ナビ編集班・美間実沙)
西村宏堂さん
1989年東京生まれ。ニューヨークのパーソンズ美術大学を卒業後、アメリカを拠点にメイクアップアーティストとして活動。2015年、浄土宗の僧侶となる。LGBTQ活動家として「性別も人種も関係なく皆平等」というメッセージを発信し、ニューヨーク国連人口基金本部、ハーバード大学などで講演を行う。2021年にはTIME誌「次世代リーダー」に選出され、2022年にはNHK紅白歌合戦で審査員を務めた。著書「正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ」は7カ国語に翻訳されている。
特別展「法然と極楽浄土」 |
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東京会場:東京国立博物館 平成館 |
会期:2024年4月16日(火)~6月9日(日) |
休館日:月曜日、5月7日(火)※ただし、5月6日(月・休)は開館 |
開館時間:午前9時30分~午後5時※入館は閉館の30分前まで |
観覧料:一般2,100円/大学生1,300円/高校生900円 |
京都会場:京都国立博物館 平成知新館 |
会期:2024年10月8日(火)~12月1日(日) |
福岡会場:九州国立博物館 |
会期:2025年10月7日(火)~11月30日(日) |
展覧会公式X(旧ツイッター)https://twitter.com/honen2024_25 展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/honen2024-25/ |
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