
いつから「ミュージシャン」は「アーティスト」になったのか
いつの頃からだろうか、レコード会社の社員やプロダクションの人間が、所属しているミュージシャンをアーティストと呼ぶようになった。ぼくの記憶では、バブルの始まる前、1980年代半ばぐらいからだったと思う。 現在ではアーティストと呼ぶのが当たり前になっている。付き合いのある某大手レコード会社のマネジメント部門に属するマネージャーは、デビューしたばかりの10代のアイドル・タレントでさえ、アーティストさんと呼ぶ。アーティストにさんまで付けているのだ。 この傾向はSNSなどで投稿している、まったく無名のアマチュア・ミュージシャンまで広がっている。ツイッターなら自分のプロフィールに“アーティスト”と堂々と記しているのだ。 単なる言葉なんだから、どうでも良いのかも知れないが、ぼくには違和感がある。アーティスト=芸術家という称号は、自分で名乗ったりするものではなく、人が認めて初めて成立するものではないだろうか。
“ポップス職人”と言われる方が嬉しい
“俺の中のイメージでは、アーティストというのは、自分で一から創造する人のことなんだ。でも、自分の音楽は、これまであったものを紡ぎ直しているだけなんだ。だから、アーティストではなくアルチザン=職人なんだ。俺としても、アーティストと呼ばれるより、「ポップス職人」って言われる方が嬉しいんだよね。若いミュージシャンが、自分のことをアーティストなんて言っているのを聞くと腹が立つね。その人がアーティスト=芸術家だったかなんて、何十年、何百年後の人たちの評価で決まることでしょう” そう言ったのは山下達郎だ。1988年、アルバム『僕の中の少年』を発表した頃のインタビューだ。1988年と言えば「クリスマス・イブ」(1983年)がJR東海のクリスマス・キャンペーンに使われ、大ヒットしている。 それから約3年後『ARTISAN』(アルチザン)というアルバムがリリースされた。1991年のことだ。 2021年、『ARTISAN』の発表30周年を記念して、リマスタリングされたCDと、オリジナル発売時はCD時代だったので、リリースされなかったアナログLPも同時発売された。 「アトムの子」、「さよなら夏の日」など名曲の多い、このリイシュー・アルバムには山下達郎直筆のライナーノーツがある。そこで彼は、市井に暮らす“職人”が大好きで、静かな格調とも言うべき重みに魅せられ続けて来たと記している。 その上で、“ロック・フォークの隆盛にともない、青田買いのバンド・コンテストやオーディションが増加する1980年代中期あたらりから、ミュージシャンを「アーティスト」と呼称する風潮が生まれ、ミュージシャン自身も“我々アーティストは”などと自称してはばからない時代が訪れました。私はその語法が大嫌いで、せめてフランス語の「Artiste(アルティースト)」くらいで留めてくれと思いましたが、残念なことに今ではすっかり常用語として定着してしまっています”(『ARTISAN』のライナーノーツより)。
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